もなかNIKKI

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ポケモンGOで、見慣れた風景におどろきが生まれた

エッセイ

ポケモンGOのリリースから早1週間が経ちました。ブームに乗って、私もちょくちょく遊んでいます。最もポケモンGO熱が高かった先週末は、夫と夕食後にわざわざ駅前に繰り出してポケモンをGETしに行っていました。

 

ポケモンGOについて思うことを書いてみたいと思います。

 

行動範囲を広げてくれてありがとう

 近所のポケストップを探して歩いていると、今までは行ったことがなかった場所にいくつも辿り着きました。住んで一年ほど経つと、行く場所はスーパーかショッピングモールか図書館か…という風に固定されてきてしまっていたのですが、ポケモンGOのおかげで新たな街の魅力に気づくことができました。

 

 水がほんとうにすきとおっている清流が走る公園が、近所にあるなんて知りませんでした。鯉とカモが仲良く同じ池で泳いでいたり、木漏れ日が気持ち良かったり。この公園のポケストップをすべて制覇しようと歩いている時間は、涼しくて気持ち良くて、木があるとこんなに涼しいんだなと思いました。

 

家にいても何も進まないゲームなので、散歩に行くハードルが低くなり、フットワークが軽くなったのもポケモンGOの恩恵かな。ありがとうポケモンGO

 

見慣れた場所も飽きずに歩ける

 家から駅までとか、もう何度も何度も歩いた道は風景も見飽きてしまっていたけど、ポケモンGOがあることでわくわくしながら街を見ることができるんだなと思いました。電車もそうで、飽きるほど乗った電車でこんなに新鮮な体験ができる、ということに感動しました。

 

現実世界にポケモンがいる体験ってほんとに画期的じゃないですか!?現実とゲームが一体化する時代がこんなに早く来ると思ってなかったです。

 

小学生の頃必死で覚えたポケモンとの再会が楽しい

今回のゲームが、最近のポケモンキャラが中心だったらここまで大人はハマらなかったのでは?と思います。ポケットモンスター赤・緑・青の時代のポケモンだから、懐かしさでついハマってしまいます。

 

私が小学生だった頃はポケモン全盛期。普段はゲームをやらない子でしたがポケモンはかなり打ち込んだし、「ピカチュー カイリュー ヤドラン ピジョン…」と、ない記憶力を総動員してあの歌をすべて覚えた記憶があります。いまポケモンを見ても、パッと名前を答えられないこともあり、かすかな記憶の糸を手繰り寄せていくようにポケモンの名前を思い出すのが面白かったりします。進化系の名前が言えなかったりして、結構忘れてるもんだな?

 

ハマっているとはいえ、人が多いところでのプレイははばかられる

家の付近など人が少ないところでは堂々とプレイできるけれど、駅の付近まで行くと「ポケモンやってるってバレたくない!」と羞恥心が生まれてのびのびできない人です。人や車が多いと危ないし、なんかそわそわしちゃう。

 

一人でいるときは「ニドキングが出たよぉぉ!」などと騒げないので、一緒にプレイする相方を連れて外に出た方がずっと楽しめるなぁと思います。二人だったら恥ずかしくてできない、なんてこともなくなります。

 

ジムでの戦いが、戦国時代みたい

ジムで勝ってジムリーダーになったポケモンが「俺の城!」と言っているように見えます。

 

大河ドラマ真田丸」で度々出てくる、日本地図の城マップを思い出してしまいます。各地で自分のポケモンをリーダーにする(=城主にする)というのは、各地に城を築きたかった戦国大名みたいだな?と思いました。最新の技術で、何百年も前と同じことやってるな、みたいな。これが画面上じゃなくて、実際の土地でできるところが面白いです。

 

…こんな感じでしょうか!

問題は色々あるみたいだけど、恩恵も大いにあるポケモンGO。これからも安全に、ほどほどに続けていきたいと思います。